■便利にしすぎない。あえて「電話予約」にこだわる理由

現在の常念小屋。常念乗越から望む槍・穂高連峰の美しさは今も昔も変わらない《写真提供:常念小屋》

 コロナ禍を経て、山小屋のあり方が大きく変わっていく中、常念小屋でも宿泊の事前予約制を導入するなど新たな取り組みを行ってきた。その一方で、雄太は「便利にしすぎるのも違うんじゃないかと思う」と語る。「変えること」と「変えてはいけないこと」。その境界線をどう考えているのだろう。

宿泊予約の受付は電話のみで、WEB予約はしていないんですか?

健一郎「電話での予約対応は手間がかかるんですが、そうしているのはちゃんと理由があって。WEB予約だと、その登山者がどんな人で、どういう日程やルートで小屋まで来るのか、わかりづらいじゃないですか」
雄太「電話で直接話せば、だいたいの年齢がわかりますし、ルートの確認もできます。『この人、大丈夫かな』と感じたら、注意を促したり、ルート変更を提案したりして、相手に応じたアドバイスをします。そんなやりとりをするだけでも、遭難を未然に防ぐ一助になるんじゃないでしょうか。山小屋って、宿泊施設でありながら、遭難防止の前線基地でもあります。後者の役割は絶対に外しちゃいけない。だからこそ、単に便利にすればいいというものではないと思うんです」

登山道の維持・補修も山小屋の役割として大きいですよね。

雄太「登山道については、これからもっと力を入れていきたいですね。私がヒュッテで教わってきたことを、従業員たちにしっかり伝えていかなければと。そして、これは遠い夢ではありますが、利一が作った一ノ俣谷の登山道をいつか復活させたいと思っています」

健一郎「利一や恒男が『常念の主(あるじ)』として山小屋や登山道、自然環境を維持してきたのに対して、現在の私たちは国立公園の宿所事業の受託者という位置づけになります。とはいえ、どの山小屋も近くで遭難があれば真っ先に駆けつけますし、小屋番が登山道を行き来する際には道にかぶさる枝を払ったり、浮石を除きながら登るのは当たり前にやっています。時代は変わっても、先々代や先代のようにその山の主として登山者を見守る気持ちを失ってはいけないと思っています」

これまで山小屋が果たしてきた役割は「変わらずに」守っていく一方で、「変えていきたい」と考えていることは?

雄太「みやげものは、お客さんのニーズに応えて、増やしていく予定です。個人的には、どこでも買えるようなものではなく、地域色をどんどん出していきたい。例えば、松本で昔から食べられている『みそぱん』を今年から売り始めました。ほかにも、松本の老舗飴屋の飴や、地元ブルワリーのクラフトビールも置いています。山だけではなく、麓のことも知って、味わってもらいたいんです」

常念小屋のおみやげコーナー《写真提供:常念小屋》
地元・松本のBACCAブルーイングの「常念IPA」《写真提供:常念小屋》

健一郎「山小屋の共用部を増やしたいという話も、雄太とよくしています。これまでの山小屋は共用部が食堂とロビーぐらいで圧倒的に少なく、混雑するとお客さんは部屋でゴロゴロするしか過ごし方の選択肢がありませんでした。建築家としてのこだわりでもあるけれど、みんなでいられる場所をもっと広くしたいというのは、ずっと考えてきたことなんです」

雄太「共用スペースが広ければ、お客さん同士で交流し、小屋での時間をもっと楽しんでもらえますからね」

食堂の外のテラス席。槍・穂高の稜線の展望がすばらしい《写真提供:常念小屋》

お父様が建築の専門家だと心強いですね。

雄太「今年、山岳環境保全の補助金をいただいてキャンプ場に公衆トイレを建設する予定ですが、親父には設計もさまざまな申請手続きもしてもらっています。ほんとありがたいですし、頼りにしています。私としてはほかにも直したいところがいっぱいあるので、元気なうちにいろいろとお願いしていくつもりです(笑)」

松本市内の事務所にて