■ローマ人を唸らす関西の味の数々
奈良と大阪で、全く趣向の異なる滞在を楽しんだ私達だったが、二つの町で共通していたのは「美味しい食べ物がいっぱいある」ということ。自他共に認める食い道楽の我々は、「旨いものがある所ならどこでも天国」と考える人間である。その点、関西地方は我々の期待を裏切ることはまずない。
粉物料理が豊富な大阪は、パスタ、ピッツァ、パンがメインのイタリアと共通するところが多く、従って、お好み焼き、たこ焼き、うどんといった料理はほとんどのイタリア人が大好きなメニューである。相棒も例外ではなく、今回も大阪ではお好み焼きとカレーうどんを「ブォーノ、ブォーノ!」と言って嬉しそうに平らげていた。
一方、奈良では予想外の嬉しい発見があった。T先生が、「年末で開いている店が少なくて。こんな所ですみませんね」と言いながら連れて行って下さったのは、おばあちゃんが一人で切り盛りする田舎の定食屋さん。メニューはなく、座ったら「今日の定食」がさっと出てくる。メインの焼き魚に野菜たっぷりのお味噌汁、香の物、サラダと酢の物の小鉢が一つの盆の上にきっちり収まっている。
この定食に、イタリア人の相棒は、「すごい。フルコースじゃないか! どれもこれも美味しいし、バランスも取れてて素晴らしい!」と感激した。「こんなもんですいません」と謙遜する店主のおばあちゃんに、イタリア語で必死に感動を伝えようとする相棒。最後は、「オイシカタ。ゴチソーサマデシタ!」と片言の日本語でおばあちゃんにお礼を言い、なんとか気持ちを伝えることに成功したようだった。
その翌日も、彼は思いがけず「初体験」の味に出会った。ランチに立ち寄った店で頼んだ「ひつまぶし」がそれ。彼が特に驚いたのは、鰻の蒲焼をのせたご飯に最後に出汁をかけて食べる、ということ。最初はどこか疑わしそうな目つきでじっと丼を眺めていたが、思い切って出汁をかけて食べるや否や「ブォニッシモ!」と呟いた。
ちょっと味見させて、と言うと、嫌そうな顔をされた。挙句、「キミはどうして今までこんな美味しいものを教えてくれなかったんだ」と非難された。関西にまた一つ、彼が好物を発見した瞬間である。これから後、彼は「奈良」という地名を聞くたびに、このひつまぶしを思い浮かべるに違いない。
旅を楽しむには、何も特別なイベントなど必要ないのだということを、今回改めて思い知った。気の合う仲間がいて、見慣れない風景があって、みんなで囲める美味しい料理がある。それだけでもう、満足できる要素は揃っているのだ。これといった計画もなく出かけた年の瀬の小旅行で相棒の新鮮なリアクションに触れるうち、忘れていたニッポンの良さを再発見した私であった。
*本記事は2019年1月に「TABILISTA」で掲載したものです