■おみくじ、御朱印、厄除けの鐘
日本で神社仏閣を訪れるたび、おみくじと御朱印をいただくことを無上の喜びとしている風変わりなイタリア人の相棒は、今回の奈良訪問に備えてローマから御朱印帳を携えてきていた。
奈良での初日、T先生お勧めの「斑鳩三塔(いかるがさんとう)」を巡りつつ、法隆寺、法輪寺、法起寺で順調に御朱印を集めてホクホク顔だった相棒。「御朱印のどこが好きなの?」というT先生の問いに、「筆をするすると滑らせて、美しい文字ともデザインとも言えないものが目の前で出来上がって行くのを見るのが好き」と答えた。
のどかな田園風景が広がる奈良の町をゆったりと散策するうち、夕暮れも近づいてきた。今日はここまでかな、と思った時、T先生が「まだ間に合うかも」と言って日本最古の厄除霊場と言われる松尾寺へ連れて行って下さった。
参道の長い石段を息を切らせながら登っている時、相棒が突然「しまった! 御朱印帳を車に忘れてきた!」と叫んだ。走って取りに行ってくると言い張っていたが、「今から車に戻ったら閉山時間になっちゃうよ」と私が言うと、渋々ながら同意。御朱印はお寺で用意したものをいただいて貼ればいいじゃない、と言う私に、「いや。それじゃ意味がないんだ」と悲しそうな顔をした。
松尾寺の本堂にお参りし、御朱印をいただきに行くと、お坊さんに「お参りは初めてですか?」と聞かれた。「こちらにお参りするのは初めてです」と答えると、「ではお一人一回、厄除けの鐘を撞いて行って下さい」と言われた。相棒に通訳すると、「えっ? 勝手に鐘を撞いてもいいの?」とちょっと驚いた様子だったが、「厄除けの鐘」だから撞かなきゃいけないみたいよ、と言うと嬉しそうに破顔する。
御朱印を目の前で書いてもらえなかった無念も、この鐘の一撞きで綺麗さっぱり晴れたようだった。その甲斐があったのか、翌日、長谷寺で引いた可愛いねずみのおみくじは「大吉」。私が訳すおみくじの言葉に神妙な顔つきで聞き入った後、「よし。わかった」と満足気に頷いていた。