肌に触れるそよ風が心地良い季節になった。冬の灰色の空は抜けるような青に変わり、焼け付く真夏の陽射しはまだ届いていない。街も自然も輝きを放つ5月は、イタリアの一年で最も美しい月だと私は思っている。
待望の行楽シーズンの訪れを機に、ずっと行きたいと思っていたトスカーナのヴァル・ドルチャ(=オルチャ渓谷)へ、友達を誘ってドライブ旅行に出かけた。シエナの南東、ウンブリアとの州境にあるヴァル・ドルチャは、ルネサンスの偉大な芸術家たちに多大な影響を与えたその美しい丘陵地帯の自然景観が特に有名で、2004年には自然、芸術、文化を含めた渓谷一帯がユネスコの世界文化遺産として登録された。さらに、この地方は世界に名だたるワイン「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」の生産地でもある。
『ワインの女王』と異名を取る「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」は、「バローロ」「バルバレスコ」と並んでイタリアの三大名酒として世界的に知られており、ヴァル・ドルチャにはそのブルネッロを生産する名門ワイナリーが大小無数に点在している。今回から2回に渡り、春のオルチャ渓谷の魅力を満喫できる「ドライブとワイナリー宿泊体験」についてご紹介しよう。
■糸杉と葡萄畑、中世の街が点在する丘陵地帯を走る
ヴァル・ドルチャの自然景観と周囲に点在する村やワイナリー巡りを楽しむためには車は不可欠だったので、運転のできる友達を誘うと二つ返事でOKしてくれた。ローマからは高速道路A1をキウージで降り、そこからキアンチャーノ方面へ走ると、モンテプルチャーノ、ピエンツァ、サン・クイリコ・ドルチャ、モンタルチーノなど、イタリアの名門ワインの名前としても知られる村々が続々と現れてくる。
トスカーナの代名詞ともなっている糸杉が並ぶ丘陵地帯、所々に見え隠れする煉瓦色の中世の村、なだらかな曲線上に広がる葡萄畑など、カーブを曲がるたびに様々な美しさを楽しませてくれる車窓の景色は見飽きることがない。お気に入りのエド・シーランをBGMに、爽快なドライブが続く。写真撮影のために途中下車したり、気になった村に立ち寄ったりしながら、ローマから約3時間半で目的地に到着した。