■四つ橋線 難波駅からスタート
関東の人に大阪のイメージをきけば、「ごちゃごちゃしている」「言葉が汚い」「人が怖い」といった答えが返ってくる。言葉や恐怖感に関しては多少の誤解や偏見も見受けられるが、たしかにゴチャゴチャ感は否めない。東京などと比べ、都心の公園が少ないことが原因だとも考えられる。
そんな大阪だが、繁華街から少し離れれば広い公園もあるし、芸術を堪能できる美術館もある。しかも、昼間に星空を楽しめる施設まで存在するのだ。今回は大阪メトロ四つ橋線を利用して、「大阪らしくないかも?」と思える場所を紹介したい。
スタートは四つ橋線難波駅。四つ橋線の開業は1942年で、御堂筋線に次いで古い。そんな四つ橋線の難波駅だが、南海や御堂筋線の難波駅から徒歩で10分前後の距離がある。御堂筋線難波の南側1つ目の駅である大国町なら同じホームでの乗り換えが可能なので、歩くのが苦手な方にはこちらをオススメする。
■四ツ橋跡から靭公園へ
難波を出て西梅田方面の次の駅が四ツ橋駅だ。「四つ橋駅」の誤りではない。四つ橋線は幹線道路である「四つ橋筋」の地下を通ることから名づけられたが、道路名の由来となったのは長堀川と西横堀川に架かっていた「四ツ橋」。現在、両方の川が埋め立てられ橋も撤去されていて、跡地に石碑が建立されている。
この石碑の立つ四つ橋筋と長堀通の交差点も「四ツ橋交差点」だ。
四ツ橋駅の次が本町駅で、地上に上がって北へ進むと靭(うつぼ)公園が見えてくる。
総面積9.7ヘクタールと、都心部では比較的広大な敷地を有するが、東西約800メートルであるのに対し南北は約150メートル。こんな細長い形になったのは、公園の前身が飛行場だったからだ。
太平洋戦争後、連合国軍総司令部(GHQ)は、四つ橋筋からあみだ池筋に至る約3万坪の土地を接収。占領軍の常用飛行場としたのだ。市に返還されたのは1952年。その3年後に公園としてオープンしたのである。
「靭公園」大阪市花と緑の情報サイト https://www.osakapark.osgf.or.jp/utsubo/