■山麓に伝わる八ヶ岳の民話

晴れていれば八ヶ岳から富士山がくっきり見える

 なぜ八ヶ岳はこんな風に峰が並んだ山容なのか。小学生の頃、学校の先生が「富士山と八ヶ岳の背くらべ」という民話を聞かせてくれたことがある。多分、八ヶ岳の山麓の、とくに西麓エリアで暮らす大抵の人たちは、この民話を知っているのではないだろうか。まずは、「その昔、八ヶ岳は富士山より高い山だったんだよ」なんて言って、子どもたちの興味をひいてから民話がはじるのだ。

 その内容をざっくりと説明すると、富士山と八ヶ岳は「自分のほうが高い山だ」と、どちらも譲らず、ずいぶん長いこと言い争っていた。それを見かねた如来様が、八ヶ岳と富士山に長い樋(とい)をかけて真ん中から水を流すことにしたのだという。家の軒先などに取り付けられている、いわゆる雨どいのようなものを2つの山の上に渡したわけだ。

 樋の真ん中に水を注げば、低いほうに水が流れる。民話では、水は富士山のほうに流れたため、八ヶ岳のほうが高いことが判明した。しかし富士山は気性が荒い山だったため、怒って八ヶ岳を蹴っとばした。そのため八ヶ岳はガラガラと崩れ、富士山よりも低くなり、今のような形になったとさ。というような内容だ。

■巨人が削ったという説も

キレット小屋から赤岳に続く岩肌がむき出しの荒々しい道。これも巨人のしわざなのだろうか

 もうひとつ、八ヶ岳がなぜこんな形になったのかを伝える民話として、巨人「でいだらぼっち」の伝説も聞いた。「だいだらぼっち」とも呼ばれるこの巨人伝説は東日本に広く分布し、広辞苑によるとちゃんと「大太法師(だいだぼうし)」と漢字表記があるようだ。地方によって呼び名に違いがあり、私の地元では少し訛ったのか、でいだらぼっちと呼んでいた。その巨人が八ヶ岳を通りかかったとき、通り道に大きな諏訪湖があったので、それ埋めるために八ヶ岳の山肌をガリガリと削った。そのため山は崩れ、現在のようなキザキザと峰が連なる山容になったのだという。巨人に少し埋められてしまったかもしれないが、諏訪湖は今もなお長野県最大の湖を誇る。

 この話にはほかのバージョンもあり、でいだらぼっちが八ヶ岳を高くするため、浅間山が噴火で吐き出した岩を積み上げたところ、八ヶ岳が嫌がったので蹴とばした、なんて話も伝わっている。しかし、八ヶ岳の西麓にあたる私の地元からすると、浅間山があるのは山を挟んで反対側の佐久盆地のさらに北。“こちら側”の住民としては、身近にある諏訪湖の話のほうが位置関係もわかって物語がイメージしやすいのだ。

■伝承をふまえて地形をイメージ

天狗岳からみた浅間山。太古から活動するこの山の麓には、噴火の溶岩が生んだ「鬼押出し」の観光地がある

 八ヶ岳に登ると、幼いときに聞いたこれらの民話を思い出す。富士山が見えれば、「あそこからここまで、ずいぶん長い樋を渡したものだな」と感心し、「じゃあ、水を流した真ん中は山梨県の甲府あたりだろうか」と考えながら、甲府盆地はだだっ広くて遮るものがないから確かにまっすぐ樋を通せそうだな、なんて納得したりする。

 浅間山が見えれば、向こうから見た八ヶ岳の様子を試しに思い描いてみる。佐久盆地側から八ヶ岳を眺めると峰が縦に並んで重なってしまい、裾野には小さな山がたくさんあるので、ごちゃごちゃとした山塊に見える。それを踏まえると、巨人が浅間山の噴火の岩を積み上げ、それが崩れたというのは、あながち間違ったイメージではないかもしれない。