地方ごとにさまざまな民話があると思うが、そのほとんどが、きっとその土地の環境や風土から生まれ、語り継がれてきたものだろう。各地に身近な山や湖がどうやって生まれたかを伝える民話があるが、八ヶ岳にも土地にまつわる民話がある。それを踏まえて山頂からあたりの景色を見回すと、その壮大なストーリーに改めて感動する。八ヶ岳からの眺めが今までとは違った視点で楽しめる、私が教えてもらった民話の話をしよう。

■連なる8つの峰があるから八ヶ岳?

南と北で山容が異なる八ヶ岳。南八ヶ岳は鋭い岩峰が連なる

 長野県と山梨県にまたがり、いくつもの峰を連ねる八ヶ岳。私はこの山の長野側の山麓で育ち、毎日のように山を見て過ごした。日常風景だった八ヶ岳は「故郷の山」として今でも愛着がある。地元の山麓からは、南北にわたり横一列にきれいに峰が並ぶのが見えた。その風景から当時は「八ヶ岳というのだからきっと峰が8つあるのだろう」と思っていた。

 まず憶えた八ヶ岳の山は赤岳。それから少しずつ山の名前を知っていくうちに、南から順に、編笠山、権現岳、赤岳、阿弥陀岳、硫黄岳、天狗岳とメインどころの山を数えてみると6つしかなく、「あれ? 足りない」と思った。その頃は縦走路から外れている西岳や、遠目から山頂がわかりにくい横岳などの存在を知らなかったのだ。「八ヶ岳」という名称は、これら8つの峰があるからだという説がある。

■でも、しっくりくるのはこちらの由来

北八ヶ岳はなだらか山に苔むした針葉樹林の森が多い

 西岳と横岳の2つを加えると確かに8つの峰にはなるが、天狗岳は東天狗と西天狗の双耳峰だから実際には峰が2つあるし、やや存在感は薄いが峰の松目や根石岳など、ほかにも峰がいくつもある。ついでにいえば、八ヶ岳の東麓や山梨側など、見る場所によっては阿弥陀岳など見えない峰だってあるはずだ。日本語では八百万(やおろず)とか八千代とか、数が多いことを示すときに「八」が使われたりするので、「たくさん峰があるから八ヶ岳」。こちらの説のほうが個人的にはしっくりくる。