ついに9月が終わり、ほとんどの内水面での(トラウト・自然河川)釣りが禁漁となった。

 僕の実家のある村から車で約1時間半。その流域に潜む厳ついアマゴ、その名も鬼アマゴ。さらに源流の大きなヤマトイワナ。ベテラン釣り師の酒のつまみ話に出てくる魚たちだ。しかも昔話かと思いきや、昨年も今年も釣っているらしく写真も自慢げに見せられた。一応書いておくと、他の場所では釣った経験がある。けれど、沢ごとに個性の違うのが渓流魚のおもしろいところ。その土地ならではの天然魚(野生魚)の顔を見たいというのが、釣り人の醍醐味の一つだろう。

 ぜひその面構えを拝みたい。そう思い、渓流シーズンの締めくくりとして遠山の鬼アマゴを狙いに行ってみた。

■南信濃「日本のチロル」のその奥に

舗装も悪く狭い山道はすれ違いが困難な箇所も。奥には聖岳など南アルプス南部の山並みが見える

 長野県南部、南アルプスから延びる尾根の途中に日本のチロルと形容される、標高800〜1,100mの急峻な山肌に貼り付くような集落がある。それが遠山郷・下栗の里だ。「日本の里100選」にも選ばれている日本の原風景はそこで育ったわけでもないのに、見ているだけで郷愁に誘われる。

遊歩道の先、「天空の里」ビューポイントから望む下栗の里

 道から見下ろすだけで転げ落ちそうな急で深い渓谷の底を流れるのが遠山川だ。聖岳などから水を集めている天竜川の支流である。昔からその流れに磨かれた渓流魚、大アマゴや奥地に残るヤマトイワナで釣り人の間では有名だ。

 なかでも特に大きなものは、「鬼アマゴ」と形容されるほど凄みのある魚体で、鼻先の出たいわゆる「鼻曲がり」の鬼のような形相、幅広で背中の盛り上がった「セッパリ」で太公望たちを惹きつける。それが「遠山のアメノウオ」だ。

■灰色の水が碧くなる頃、大胆に繊細に毛鉤を流す!

北又渡の橋の上から下流を望む。フライフィッシングに不利な状況。さっそく釣れない言い訳を思いついてしまった

 台風が去って2日経った。気象庁の降水量や国交省の河川データと睨めっこしながら、今年最初で最後の遠山川釣行へと向かった。山道を抜け、橋の上から見る川は……。果たして、まだ増水中でセメントを流したかのような青灰色の濁った水が滔々と流れていた。

 沢に入ると電波もないのでネット購入もできない。そのため、あらかじめ遊漁券(遠山川漁協)も手に入れてしまっていた。仕方がないので林道を歩きながら、どこか魚が逃げ込んでそうなポイントや、すでに平水状態になっている支流を探ってみた。これはこれで想像力が掻き立てられておもしろい。そう強がってみる。

良型イワナが遡上してそうな支流も探ってみた

 2日目、昨日までの濁りが収まりつつあった。流れの色も幾分澄み、本来の碧さを彷彿とさせる。陽光を通して燦く森は美しく、木漏れ日のコントラストを水面に映す。開けた川辺で大胆に繊細にロッドを振りつつラインを伸ばしていくのは、この上なく幸せな時間だ。けっきょく一匹も魚の顔を見ることはなかったが、初日はアタリが1回あっただけだったのが、この日は2回! しかも(希望的観測だが)大物の感触だった。結局一匹も魚の顔を見ることはなかったが、明日こそ……。