ドイツ西部には、かつてナチスの国内最大級の軍事訓練場だった自然公園がある。人間に翻弄され続けてきた歴史を持つ「アイフェル国立公園」である。

 一時は森のほとんどが伐採されてしまったこともあったが、近年は自然が復活。今では国立公園に指定され、絶滅危惧種のヤマネコが生息し、オオカミが闊歩するほど深い森と渓谷が広がっている。

段差がないので車椅子が移動しやすい。目の不自由な人は柵の下に張ってあるロープをつたって移動できる

■ケルト人、ローマ人、ナチス、NATO軍… 人間の手によって姿を変えられてきた森

 現在、ドイツには16の国立公園がある。なかでもアイフェル国立公園は2004年、14番目にできた若い国立公園だ。地理的にはドイツ西部、ベルギーと国境を接するノルトライン・ヴェストファーレン州にある。国立公園の森は、国境を越えてベルギーにまで広がっているが、ドイツ側の公園面積は約11,000haと山手線が1.5個以上入る広さだ。

トレイルの最奥ポイントは海抜512m。湖と再生しつつある森が見下ろせる

 歴史を遡ると、アイフェル地方は古くから農的コミュニティが点在する「辺境の森」だったようだ。森の中には今でもケルトの遺跡、ローマ帝国の水路、中世にできた修道院や城など、実に様々な民族や封建領主による支配の跡が見て取れる。

 一方で良質な鉱石が得られることから製鉄の記録が紀元前からあり、中世後期にはヨーロッパで産出される鉄の10%がアイフェル産だったという。他にも皮革業や羊の放牧など、様々な産業によって木が切られた結果、19世紀初頭にはとうとう森のほとんどが消滅してしまった。その後、プロセイン王国の時代に森林保護に対する意識が高まったことで、外来種ではあったが、この地域の気候に適したトウヒ(別名ノルウェートウヒ、ドイツトウヒ)が積極的に植えられた。ドイツといえばシュヴァルツヴァルト(黒い森)を思い浮かべる方もいるかもしれないが、シュヴァルツヴァルトも同じで、一度人によって森が消滅した後にトウヒを植林してできた森なのだ。

かつてドイツ中に植林されたヨーロッパトウヒ。細長い松ぼっくりが下に垂れ下がるのが特徴

 かくして黒い森と化したアイフェルの森は、木材を生産する商業的な人工林の道を歩むかに見えた。しかし、20世紀に入るとまた新たな勢力がこの森を変えてしまう。それは第二次世界大戦時の国民社会主義ドイツ労働者党、つまりナチスだ。ナチスは次世代の指導者育成のため、アイフェル地方に兵舎や軍事演習場などを作り、ドイツ中から選りすぐりの若者を集めて訓練を実施した。

 大戦後、敗戦したドイツは軍事訓練場を閉鎖。一時イギリスが管理したが、1950年から2005年まで、隣国ベルギーやNATO軍がこの地域を軍事訓練場として使用していた。この間、アイフェルの森は主要な軍事訓練エリア以外、2005年まで半世紀以上、手付かずとなったのだった。

ケルト人、ローマ人、プロセインの森林官、家畜業、炭焼き職人など、多くの人々がこの森の景観を変えてきた