3月も半ばを過ぎ、いよいよ山が春めいてきた。寒い冬から解き放たれて、野や低山には春を告げる花が賑やかになってくるころでもある。花粉はちょっと辛いけれど、暖かい陽射しのもとで山を歩ける身心に優しい季節は、もうすぐ目の前まで来ている。

 遠出を控えることもあったここ数年は、身近な里山や低山を巡ったり、いつもは見過ごしていた足下の自然や地元の文化などに目を向ける機会が増えた、という人は多いのではないだろうか。ぼくの周囲でも、高い山ばかりに夢中になっていた山仲間をはじめ、これまで山歩きとは縁遠かったという人も含めて、道具を揃えて近所の里山や低山に通い始めている。

 そんなわけで、今回は滋賀県民には身近な存在の低山「霊仙山(りょうぜんざん)」を紹介したい。異世界感に満ちた石灰岩の自然美と、初春の花の代表格「福寿草」との共演は、まさにこの山でしか味わえない魅力だ。

おびただしい数の真っ白な石灰岩が山肌を覆う

滋賀県と岐阜県にまたがる大きな霊仙山。その稜線の途中より。足下の岩石の隙間に福寿草が隠れている

 霊仙山は滋賀県と岐阜県にまたがる、標高1,083mの山だ。三角点のある方が山頂で、これとは別に1,094mの「最高地点」というピークもある、いわば双耳峰。琵琶湖から見ると伊吹山に対峙する堂々とした山容が目立つほど、近隣でも指折りの名山だといえる。雪が多い山は雪解けのあとに花開く植物に恵まれているものだけれど、ここ霊仙山も例外ではなく「花の百名山」として名高い。

 霊仙山の特徴のひとつは、とにかく無数の石灰岩が山肌を覆っているカルスト地形ならではの独特な景観だろう。何度訪れても圧倒される絶景が広がっていて、ファンも多い。雨水や地下水などの溶食によってできた溝がたくさん生じた地形をカレンフェルトと呼び、逆に白い突起のような岩石は風雨の溶食から残ったもので、これをピナクルという。こうした自然の造形による凹凸によって、稜線には圧倒的な“異世界”が広がっているのだ。

可憐な福寿草の姿

 その石灰岩の白い独特な景観に、春の訪れを報せる黄色い福寿草が加わるのが、霊仙山の初春の風物詩。その年の雪の多さによるものの、例年3月下旬ごろから4月にかけて花を楽しむことができる。おびただしい石灰岩が林立する中ではなかなか目に入ってこないけれど、いざ歩いてみると岩石の間などに可憐な姿を隠している。これを探しながら歩くのがまた楽しい。

 植物に関心のなかったその昔は、こんなかわいい花が咲いていても気にも留めず、どんどん先に進んだものだけれど、いまはいちいち足を止め、写真を撮り、顔を近づけて観察するのだから、ずいぶんと変わったものだ。

 ちなみに、この霊仙山は「花の百名山」でもある。著者の田中澄江によって紹介されたのは、ヒロハノアマナだった。なかなかお目にかかることのできない貴重な花だ。