長野県歌「信濃の国」の6番に以下のような歌詞がある。

 「吾妻はやとし日本武 嘆き給いし碓氷山 穿つ隧道二十六 夢にもこゆる汽車の道 みち一筋に学びなば……」

 ここでの「穿(うが)つ隧道(トンネル)二十六」「汽車の道」とは明治26年に開通した、横川-軽井沢間の信越本線のことだ。その区間のほとんどが隣の群馬県側にあるにもかかわらず長野県歌に登場するのが興味深い。外貨獲得のため、碓氷峠を越えて東京・横浜方面へ、蚕糸・製糸製品を運ぶために、鉄道の開通が切望されていた当時が窺える。

安中市を代表する観光名所・碓氷第3橋梁「めがね橋」

 そんな信越本線・横川-軽井沢区間(通称、碓氷線)は電化から新線への切り替えを経て、1997年に最終運行を迎え、現在は廃線となっている。普段は立ち入り禁止なのだが、その歴史的価値を体感するべく、2018年から新線の廃線跡を特別に歩けるイベント「廃線ウォーク」が定期的に開催されている。

 11.2㎞に及ぶこの区間は当時の姿がそのまま残る鉄道施設の遺構。電力供給や列車交換のための線路周辺設備と、レンガ造りのトンネルはすべて国の重要文化財指定を受けている。鉄道ファンはもちろんのこと、ハイキングや山歩きに親しむ人であれば、厳しい自然に挑んだ人々の偉業に圧倒されるだろう。今回イベント参加の機会を得たので、その様子をレポートする。

■横川 → 軽井沢「下り」コースに参加。安中市観光案内所前から出発!

 出発はJR高崎線「横川駅」から徒歩10分にある「安中市観光案内所」前から。イベント主催の「安中市観光機構」で11時に受付を済ませ、ルート概要やスケジュール、ガイドの解説を聞くための音声レシーバーのレクチャーを受けたら準備完了だ。観光案内所には売店やトイレもあり、おやつやドリンク、ご当地グッズなどが売られている。イベントは一方通行なので「下り」参加の場合は出発前にここでお土産の購入を済ませよう。

観光案内所前で出発前の説明を受ける。安中市観光機構の上原将太さん(こちら向き、写真右)のガイドと、事務局長萩原さん(同、写真左)のサポートでイベント開始

●廃線ウォークは「上り」と「下り」の片道ごとの開催
 「上り」軽井沢→横川/信越本線上り線踏破(峠の上から下ってくるコース)開催  9:00~15:00
 「下り」横川→軽井沢/信越本線下り線踏破(峠を越えていく登りのコース)開催11:00~17:00

今回参加したのは「下り・横川→軽井沢」の登りのコース

■観光案内所すぐそばの「碓氷峠関所跡」へ立ち寄り「碓氷峠鉄道文化むら」脇を歩く

 まずは観光案内所からほど近い「碓氷峠関所跡」へ。江戸時代、旧中山道の関東の玄関口として、箱根に匹敵するほど重要な関所だった碓氷の関。参勤交代などで往来する人や、物資を検分する要所として機能していた。52間2尺(約95m)が関所内として柵で区切られ、役人・藩士が10人以上控えていたと碓氷関所保存会の現地案内に記されている。

「碓氷峠関所跡」門柱には取り壊しから逃れるため、わざと焦げ跡を付けた形跡が残る

 “鉄道のまち”横川のシンボル的施設「碓氷峠鉄道文化むら」は、もともと峠を望む鉄道官舎だった場所を利用して造られた鉄道テーマパーク。旧国鉄時代に活躍した貴重な車両などが30両以上展示されているほか、碓氷峠専用電気機関車「EF63」の運転体験もできる、鉄道ファンやファミリーに人気の観光スポットだ。

碓氷峠鉄道文化むらを見下ろす「龍駒山(りゅうこまさん)」  車両の撮影に絶好のポイントとあって、鉄道ファンはなんと、この山に登ることもあるという。山頂までは約1時間。登山道は破線ルートで滑落などの危険が伴う

 横川駅からほど近い「碓氷峠関所跡」と「碓氷峠鉄道文化むら」の見学を終えたら、「アプトの道」へと入る。

■「旧熊ノ平駅」へ向かって「アプトの道」を行く

 序盤は碓氷峠鉄道文化むらの横にまっすぐ延びる「アプトの道」を進む。アプトの道はこの先の「旧熊ノ平駅」まで続く信越本線旧線を活用した遊歩道。一般開放されていて、地元の方も散歩で訪れるような、気軽に歩ける舗装された道だ。旧熊ノ平駅までは片道約6km。トロッコ列車の線路脇を歩いて、いつもとちょっと違った景色を楽しみながら散策したい場合は、こちらを歩くだけでも心地よい。30分ほどで「旧丸山変電所」が見えてくる。

●アプト式
アプト式とは登山鉄道でよく見られるラック式鉄道の方式のひとつ。線路の中央に敷かれたノコギリ型のラックレールと、機関車に取り付けた歯車(ピニオンギア)を噛み合わせることで、急勾配を登り降りすることができるようにしたもの

NHK『ブラタモリ』でも紹介された人気者「EF63」がアプトの道のすぐ横を走る
アプト式で用いられた歯軌条(しきじょう)のラックレール。碓氷峠の急勾配を越えるため、ドイツのハルツ山鉄道の方式を採用した。市内にはこうした鉄道の部材が、施設の一部に活用されている所がいくつかある
アプトの道の途中、何度か姿を現したニホンザルの群れ。ヒト慣れしている様子だが、こちらに近づいてくることはなかった