2026年3月14日。およそ2年の月日をかけて建設してきたサウナ村「THE WATERS」が本オープンを迎えた。
ナタ1本で雑木を刈るところから始まった、この村づくり。振り返れば、決して順風満帆な道のりではなかった。
今回は改めてここまでの日々を振り返り、その過程で見えてきた「本質的なサウナとはなにか?」という問いについて整理してみたいと思う。そしてもちろん、その先にある未来の話もしていきたい。
◼️絶望から始まった村づくり
この物語は、希望から始まったわけではない。むしろ、その逆だった。
2年前、現在の場所より下流の神崎川沿いで整備していたサウナの場所を、予期せぬトラブルによって失った。長年かけて見つけた土地。地域の人と積み上げてきた計画。夢、道具、資金。そのすべてが吹き飛んだ出来事だった。
精神的なダメージは想像以上だった。体調を崩し、日常生活もままならない状態が1か月半も続いた。正直、本気で命を断つことすら考えた。そんなとき、僕を救ってくれたのが「円原川」だった。
現在、THE WATERSがあるこの場所は、僕の20年の川旅人生の中でも、水質・景観・空気感、そのすべてが一級品だと思っていた場所だ。
しかし、ここにサウナを作るには問題があった。川沿いにはテントサウナを張れるような平地がほとんどなく、荒れた斜面と雑木が続くだけ。だから当時は、少し下流の営業しやすい神崎川でサウナをやっていたのだが、この時の事件と闘病生活のおかげで、僕は大きく吹っ切れた。
「どうせ死ぬなら、最高の場所に最高のサウナを作って、華々しく散ってやる」。
無謀だろうと構わない。覚悟が決まった瞬間、僕の頭と体は再び動き始めた。借金もした。クラウドファンディングにも挑戦した。補助金も探した。やれることは全部やった。
そして物語は、再び動き始めた。
◼️ナタ1本から始まった村づくり
重機が入れない立地。歩ける道すら存在しない。だから、人の手でイチから開拓するしかなかった。ナタ1本で雑木を刈る所からのスタート。気の遠くなる出だしだった。
その後、道を作り、土を整え、テラスを組み、少しずつ人が過ごせる場所を作っていく。気がつけば、それはサウナ施設づくりというより、村づくりになっていた。多くの人がこの挑戦に共感し、手伝いに来てくれるようになった。まさに「開拓村民」だ。
しかし、この当時は本当に不安の連続だった。収入はほとんどない。それなのに、お金はどんどん出ていく。しかも、本当にここでサウナが営業できるという確証はどこにもない。毎晩のように悪夢にうなされていた。
それでも、人の力と自然の力に支えられながら、1年かけて少しずつ形になっていった。そして、ついに、テントサウナを設置できるところまで持っていくことができた。