林野庁の指定する「森の巨人たち百選」に選ばれた「森太郎」が2022年5月、とうとう倒れた。これは筆者が大好きな森太郎を追い続けた20年間の記録だ。

■鍋倉山「森太郎と森姫」とは

幻想的な鍋倉山ブナ天然林(撮影:ブラボーマウンテン編集部)

 森太郎とは、長野県北部の里山「鍋倉山」にそそり立っていた樹齢300年とも400年ともいわれている長寿ブナの大木の名前で、林野庁の指定する「森の巨人たち百選」に選ばれている。

 林野庁データによると、森太郎の幹周は約5m、樹高25mで、1986年に持ち上がった当時の長野営林局飯山営林署(林野庁)の伐採計画に地元住民が中止を懇願し、その際行われた現地調査で、鍋倉山中腹の「巨木の谷」で森太郎と森姫は発見された。

 貴重な天然林を絶やすまいと、住民は国を相手に鍋倉山のブナたちを守り抜いた。日本における民間初の伐採反対運動で、今も鍋倉山周辺には貴重なブナ天然林が残っている。

■森太郎との出会い

鍋倉山巨木の谷から見上げる(撮影:ブラボーマウンテン編集部)

 筆者が初めて森太郎に会ったのは、なべくら高原に自然体験施設「なべくら高原・森の家」ができた5年後の2002年6月。巨木の谷の遊歩道から遠くに生える森太郎を眺めていた。

 鳥の子育てシーズンには、数匹のペアが森太郎に巣を作り、雛鳥が親に餌をねだる声が毎年響き渡る。辺りは賑やかで、まるで孫に慕われるおじいちゃんのようであった。

 「もっと近くで森太郎に会いたい。できることなら触りたい」と願うようになった頃、積雪8mを超える豪雪地帯の鍋倉山では、積雪時に雪の上を歩き森太郎に触れることができるのを知った。

 筆者はアイゼン歩行やピッケル操作、滑落停止を学び、地図の読み方を覚え、森太郎と森姫に触るため残雪時に入山した。

■初めて森太郎に触れた同時に、森姫が枯れたことを知った

鍋倉山森太郎が眺めた千曲川や信越の山々(撮影:ブラボーマウンテン編集部)

 筆者が雪を踏み締め初めて森太郎に触れたのは2011年4月。巨木の谷にずらりと並ぶ木々の中に、ひときわ大きなコブを持つブナが立っていた。うれしさのあまり、筆者は何度も「本当に君が森太郎なのか」と訊いた。

 樹木周辺の雪が溶ける「根開け」と呼ばれる現象が起こっており、それが森太郎と筆者の間に距離を作っていた。

 それでも、そっと瑞々しく湿った樹皮に触れ、「うろ」と呼ばれる入り口に首を突っ込み、ようやく触れられたことにひとしきり感動していた。。

立ち枯れが確定した2011年の鍋倉山森姫(撮影:ブラボーマウンテン編集部)

 一方残念なことに、森姫は息絶えてしまっていた。干からびた細胞を剥き出して、ただそこに立ち尽くしていた。

 長い間人知れず生きてきた彼らにとって、興味本位で立ち入る人間はどのようなものであったのだろう。当時は、谷の平坦な基底部に生えていた森姫は触りやすい場所にあったため、登山者により根元が踏み固められたのではないかと言われていた。

 そのため「いいやまブナの森倶楽部」という団体が2000年に発足し、地元ボランティアの方々と一緒に巨木の谷の保全活動を行い、登山道に対しては注意喚起看板など、細心の注意が払われていた。