まだまだうだるような暑さが続く日本列島。涼を求めて、標高の高い山へ登りたくなる。森林限界を超える標高2,500m以上の空気は、ひんやりと澄んでいて格別だ。

 しかし、筆者にはこの季節に必ず思い出す、心臓がひりひりするような手痛い失敗経験がある。数年前に初めて訪れた北アルプスの山で、夕立が来ると分からずに雷雨に襲われたのだ。急な雨に友人とはぐれてしまい、終いには雹(ひょう)まで降ってきた。スマホで友人に連絡すると「寒い……」、雷雨をしのげる場所もない」。この言葉を最後に、友人とは連絡が一時途絶えてしまった。

 山岳遭難救助隊に激怒された夏山の失敗談を、後悔と反省を交えて書き留めておきたい。

■山小屋までは順調に到着

夏の北アルプスでは「高山植物の女王」コマクサを見ることもできた(撮影・穂高カレン)

 初めての北アルプス登山に胸が高鳴っていた。

 数年前の7月下旬、都内から出発して松本駅で前泊し、電車とバスを乗り継いで登山道の入口に着いたのは午前7時すぎ。コースタイムに余裕を持って、午前7時半には登山を開始した。空は雲一つない快晴だ。この日の最終目的地は標高約2,700m、山の稜線上にある山小屋にテント泊をする。翌朝に山頂へ行き、下山する計画にしていた。男性の友人2人と私の計3人、全員が初めての北アルプスだった。

 天候もよく、山行は順調だった。登山道は傾斜がきつい部分もあるが、水分を摂りながらゆっくり登ったため、高山病の症状もない。尾根に出てからは絶景と美しい高山植物に癒され、正午にはその日の目的地である山小屋へ到着した。のんびりと昼食を食べ、テントを張ってくつろいだ。

 しばらくは周囲を歩いたり、写真を撮ったりしていたが、次第に手持ち無沙汰になってしまった。小屋から見える稜線の先に、明日登る山のピークが見える。山頂方面から下りてきたハイカーに尋ねると、山頂までは片道30分だという。時刻は午後4時。「今なら暗くなる前には帰ってこられそう」と出発することにした。

■午後4時、山頂へむけて出発

雲に覆われた北アルプスの登山道(撮影・穂高カレン)

 山頂までの道はまさに絶景で、雄大な曲線を描く山々や可憐な植物に目を奪われながら歩くと、あっという間にピークへ着いた。この時は空も明るく、完全に浮かれていた。写真を撮って下山しようとした瞬間、急に雲行きが怪しくなり、空の色がブルーからグレーに変わっていた。すると突然「ザーッ」と激しい雨が降り始めた。夕立だ。

 慌てて来た道を駆け足で戻るが、雨はどんどん強くなる。小走りで進むうちに、男性の友人1人とはぐれてしまっていた。声を掛けるが返答はない。雨の音でかき消されて聞こえないのかもしれない。進むか、戻るか……。逡巡していると、ピカッと光り近くで大きな音と振動がした。「このままでは雷に打たれる危険がある……、小屋に戻れば救助を呼べるかもしれない」。そう思い、山小屋へ向かうことにした。

 そこから先は、現実感のない戦争映画の一場面のような空間を必死に進むしかなかった。森林限界のため身を隠せるような樹木はない。腰の高さより低いハイマツに身を隠しながら、いつ落ちて来るか分からない雷から身を隠すように、激しい雨に打たれながら這うように進む。雨雲と霧が濃く、近くにあるはずの山小屋がなかなか見えてこない。数百m先に、雷の落ちる様子が見える中、恐怖心を押し殺して、まさに命からがら山小屋へたどり着いた。時刻は午後5時になっていた。