一般に親しまれているレジャー要素の強い登山からは縁遠いが、ヒマラヤなどの高所への登山や未踏の山のピークを目指して難易度の高いルートをクライミングし、限界に挑む登山者たちがいます。そんなアルパインクライマーの世界は一体どんなものでしょうか? その一人、山岳カメラマンとしても精力的に活動を続ける、クライマーの三戸呂拓也氏に語ってもらいます。

 高所でかかる病気、高山病。その名前は有名だが、その実態はあまり知られていないのではないでしょうか。高山病って何? その疑問を解決しながら、自身が陥ったピンチを紹介してもらいます。(以下、三戸呂拓也 談)

 高山病、その恐ろしい症状の数々とは……。ここで私が経験した、高山病でのピンチをいくつかご紹介する。恥ずかしく苦い思い出の数々だが、二度と同じ失敗を犯さぬように、また誰かの予防につながればと思い、ここに記す。

■山にまで職場の上司が登場!? 幻覚・幻聴

幻覚に登場した命の恩人? と

 アコンカグア(6,961m)に一人で登っている時のこと。悪天が近づいていたため、ベースキャンプ(4,300m)に到着してから3日後に登頂する計画を立てた。1日目は休養。2日目はニド・デ・コンドレス(5,400m)、3日目に頂上を往復するという、なんとも強行かつ無謀なものだった。

 3日目の朝までは順調であったが、6,000mを超えてから意識が朦朧としてくる。ちょっと立ち止まって深呼吸をしただけのつもりが、時計を見ると10分ほど経っている。しかし、頂上はすぐそこに見えている(というのは気のせいで、山のスケールが大きすぎて距離感がわからなかったのだが……)。天気も持ちそうなので、ゆっくりでも歩けば着くと思い進む。すると突然隣に当時の職場の上司である三浦豪太さんが現れる。「三戸呂くん、もっと深い呼吸をしないとダメだよ。一緒にやろう! こうだよ! こう!」最初はありがたかった。しかし、ずーっと大声で呼吸の指導をしてくる。だんだんイラ立ち「やってますから!」と叫ぶと、そこには誰もいなかった。その時初めて自分が重度の高山病にかかっており、これ以上進むと死ぬことを自覚した。その日のうちにベースキャンプまで大急ぎで下山。天気は持ったが、上部に滞在していたら危なかっただろう。

 その1週間後、無事に登頂することはできたが、1回目のアタックで気圧に耐えられず眼底出血していた。自分の実力をわきまえずに危険な行動をしてしまい、猛省すべき遠征であった。幻ではあるが、豪太さんは命の恩人と言っても過言ではない。あの時のような無茶はしなくなったが、これからも見守っていてほしい。

■せっかくのアタック当日に顔がパンパン! 浮腫(むくみ)

2人の表情と心境には大きな違いが……(写真、向かって左が筆者)

 高山病の症状の一つに、浮腫みがある。様々な原因があるが、体が浮腫むとダルくなり、全ての行動が辛い。ただでさえ細い私の目は、開いているのかわからないほど小さくなる。

 2015年の秋、私はネパールのアピ(7,015m)にいた。アタック前日、6,000mのテントは一晩中強風に煽られていた。気温も下がり、寒い。ふと気づくと、隣に寝ている同期のパートナー中島健郎がグイグイ引っ付いてくる。無意識のようで、声をかけても反応がない。少し避けると、避けた分だけ引っ付いてくる。どうやら寒さのあまり、本能的に引っ付いて暖を取ろうとしているようだ。気づけば私はテントの最端まで追いやられ、体の上にはテント越しに吹溜まる雪がどんどん積もっていた。

 アタック前日ということもあり、叩き起こすのも気が引ける。横から上から圧がかかり、起床時には顔がパンパンに浮腫んでしまった。何も知らずに爽やかに目覚めた中島が私の顔を見て爆笑するが、怒る気力もない。無事に揃って登頂できたから良かったものの、狭いテントの中ではスペースの浸食は避けてほしいものであった。引っ付いてくる彼を受け止める寛容な心が私にあれば、また違ったのであろうか……。

■激痩せを通り越して…… ゲッソリ

キッチンテントにて。下っ端の私はシェルパと一緒の時間が多い

 ベースキャンプを設営する先発隊として、先輩と2人でエベレストBCに入った時のこと。既に到着していたシェルパと協力し、整地して沢山のテントを建てていた。しかしこの時、私は食あたりから下痢と嘔吐が続いておりゲッソリ痩せていた。食欲はあるのだが、全快するまで食べてよいのはお粥のみ。味の濃いものに飢えていた。

 キッチンテントに片付けの手伝いをしに行くと、そんな事情は知らないキッチンスタッフたちが残りものの大量のチキンカツを食べていた。そして私に「食べなよ、美味しいよ」と言ってくる。当然揚げものなんて食べたらダメだ。だから1つだけにしよう。しかしそれは守られない誓いであった。3つくらいまとめて口に頬張ったところを、偶然通りかかった先輩が発見。「オマエなにカツ食ってんだよ! カツ食ってんじゃねぇぇ!!」普段温厚な先輩に激しく怒られた。翌日はちゃんとお腹が痛かった。先輩、食い意地の張った後輩ですみませんでした。

 その後しばらく、私のお腹はチキンカツを見ると色んな意味でムズムズするのであった。高所でお腹を壊すと、回復にかなりの日数を要する。その間、美味しい食事のお預け。そうならないために、食べ過ぎは控え、お腹が現地食に慣れるまでは、繊維物、生もの、油物などは、極力避けた方が良い。

■人間の尊厳に関わる問題も発生……

 高所では内臓の機能低下により、下痢をしやすい。ひどい腹痛を伴うこともあれば、体調は至って好調だが、モノだけ緩いこともしばしば。そんな時気を付けなければいけないのが脱糞である。

 とあるヒマラヤ遠征のベースキャンプにて。ダイニングテントでの食事の後に個人テントに戻る最中、雄大な山を見ながらオナラをしたら、実まで出てしまった。しばらく呆然と立ち尽くす。暗い気持ちでパンツを持って川へ洗濯に行くと、既に別のメンバーがパンツを洗っていた。

 二人で照れ笑いを見せながら川でパンツを洗ったのは、よき思い出である。しかし、これがアタック中だったらと思うとゾッとする。それ以来、出もの腫れものには細心の注意を払っている。

■未来のアルパインクライマーへ  改善法、そして……

敗退した壁を見て。後ろ髪を引かれ、立ち尽くす

 高所には、そこにいるだけで多くのリスクがある。様々な対処方法を紹介したが、それを完璧にこなしても、リスクがなくなることは絶対にない。高山病が悪化し、高所順応を待つ余裕もなくなってしまったら、どうすれば良いか。回復をさせるには、標高を下げる以外に選択肢はない。軽度の症状であれば、標高が下がることで全ての症状が解消されるはずである。

 しかし、それがなかなかできないのだ。時間やお金、夢や情熱をかけて、そこまで自分の足で上がってきた。多くの場合、高山病でそこから下りるということは、登山を断念することになる。だが、命は一つしかない。再びチャンスを掴むのは難しいが、山は変わらずそこにある。今リスクを背負って標高を上げるより、次のチャンスを掴む努力をするべきなのだ。私も頭では理解しているが、果たして自分がその場で正確に状況を把握し、正しい判断ができるだろうか。正論を述べるのは簡単である。高所には、その判断を狂わす魅力が漂っている。

 ただ、全ての成功は元気でいるから誇れることなのだ。この文章を書かせてもらうことで、また一つ、無事に帰るということに責任を持ちたい。

【前編】「高山病の症状と対応方法」へ