「手軽に始められる」という甘い言葉に誘われて足を踏み入れると、その奥深さや面白さから“沼”にハマって抜け出せなくなってしまう釣りがいくつかある。そのひとつがアオリイカ釣りだ。アオリイカ釣りには、エギ(餌木)と呼ばれるルアーを使うエギングや、生きたアジ等を泳がせてアオリイカに食いつかせるヤエン釣りなど、様々な釣り方がある。
特にエギングは仕掛けがシンプルなこともあり、初心者にすすめられることも多い。しかし、生半可な気持ちで手を出せば、その奥深さに翻弄され、アオリイカ釣りの沼に引きずり込まれることになるだろう。
■「イカの王様」アオリイカとは?
アオリイカは、その食味のよさや風格ある姿から「イカの王様」と呼ばれる。釣りたてのアオリイカを一度でも刺身や天ぷらで味わえば、その濃厚な甘みと旨みに驚くはずだ。透明感のある美しい姿も、釣り人に人気の要因であろう。
アオリイカは1年のうち春と秋の大きく2回のハイシーズンがあり、春は産卵に訪れる大型の親イカ、秋にはその年に生まれた子イカの数釣りが期待できる。いずれもエギング・ヤエン両方で狙うことができるが、春の親イカは警戒心も高く、秋の子イカに比べると個体数も少ないため、難易度は高くなる。
そのため、釣り初心者は秋の子イカ釣りから始めるのがおすすめだ。しかし、秋より数が釣れる可能性は低くなるものの、春に釣れる親イカは、針にかかった後の重量感や引きの力強さも相まって一生記憶に残る1杯になる可能性を秘めており、脱初心者を目指す人はぜひ挑戦してみてほしい。
■アオリイカの多様な釣り方と“沼”ポイント
●エギングの奥深さ
エギングは、エギ(餌木)と呼ばれる伝統的な和製ルアーを使う釣り方だ。道具はシンプルで、竿・リール・糸・エギさえあれば始められるがゆえに初心者にもおすすめされることが多い釣り方だが、ここが初心者を沼へと誘う罠である。
エギングは主に、エギを跳ね上げる「シャクリ」という動作と、イカに食わせるための間である「フォール」に分けられる。主な動作はこの2つだけだが、いずれも実に奥が深く、突き詰めると沼にハマることになる。特にアオリイカ釣りで難しいのは「フォール」中に出るアタリの感知だ。
好奇心旺盛な秋の子イカは積極的にエギを追うため、アタリが明確に出ることも多いが、警戒心の強い春の親イカは一筋縄ではいかない。魚のように針をひったくるようなアタリがあることは稀で、わずかに糸がふるえる、糸がふっと軽くなるといった、極めて繊細な違和感を捉える必要がある。
慎重な親イカが出すこういった違和感を捉え、偶然「釣れた」ではなく、アタリを感知して「釣った」感覚を味わうと、病みつきになってしまう。
●ヤエン釣りの心理戦
生きたアジを泳がせてイカに食いつかせるヤエン釣りは、さらにマニアックな釣り方である。この釣りは、アジに針をかけて泳がせるが、その針はあくまでアジを逃がさないためのものでありイカをかけるものではない。イカがアジに食いついた時点では、イカはまだ針にかかっておらず、後からイカをかけるための針(ヤエン)を糸を伝って送り込むという、一風変わった釣り方である。
イカがアジを食べるのに夢中になっている間にヤエンをイカに引っかける必要があるのだが、ヤエンを送り込むのが早すぎると、イカに違和感を与えて逃げられてしまう。逆に遅すぎると、アジを食べ尽くされて逃げられる。特に春の親イカのような大きな個体になるほどアジを食べるスピードははやくなり、ヤエンを送り込むタイミングはよりシビアになる。
しかし、こういった心理戦こそヤエン釣りの醍醐味であり、糸から伝わるイカの生命感や、イカがアジを離してしまわないかという緊張感を味わってしまうと、他の釣りでは満足できなくなるだろう。
■沼にハマる覚悟はあるか
アオリイカ釣りは、堤防だけでなく磯場や砂浜など身近な海岸の至る所がポイントになり得るため、非常にエントリーしやすく手を出しやすい釣りである。だがその手軽さとは裏腹な奥深さをひとたび体感してしまうと、さらなる釣果を追い求めてしまう中毒性の高い釣りでもある。
特に春の親イカのわずかな違和感を感知して「釣った」瞬間の重量感のある手応えや緊張感ある心理戦は、一度味わえばほかの釣りでは満足できなくなるほどの可能性を秘めている。わずかなアタリを感知するために高価なタックルをそろえ、寝食を忘れて釣り場に通う。そんなアオリイカの沼にハマる日常が待っているかも知れない。
もしあなたが釣りに慣れてきてお手軽な釣果以上の何かを求め始めているのであれば、春のアオリイカ釣りは最高の選択となるだろう。