「峠の釜めし」(おぎのや)  

 全国に数ある駅弁の中でもトップクラスの人気を誇る「峠の釜めし」。容器は益子焼を用い、鶏肉、椎茸、栗、杏子など郷土色豊かな釜飯である。いまから65年前の昭和33年(1958年)に発売された。

 峠の釜めしの「峠」とは、群馬と長野に跨る碓氷峠のこと。鉄道史に残る難所として知られた急峻な峠だ。その車窓の美しさは有名で、線路のまわりには広葉樹の森が広がり、新緑や紅葉のシーズンはまさに絶景。長野新幹線(現北陸新幹線)の開業にともない、1997年に在来線が廃線となる前には多くの鉄道ファンが撮影に訪れていた。

■絶景の熊の平で「峠の釜めし」を

 日本の歌百選にも選ばれている童謡『もみじ』(高野辰之作詞、岡野貞一作曲)は、その碓氷峠にある旧信越本線の熊ノ平駅から紅葉を眺めた作詞者の高野辰之が、その美しさに惹かれて詞を作ったという。ここは急峻な峠にある希少な平地で、秋には燃えるような紅葉に包まれる。

秋の熊の平 イラスト:はやせ淳

 熊ノ平駅は1893年(明治26年)4月1日、横川〜軽井沢間の開通と同時に信号場として開設された。横川〜軽井沢間は距離にしてわずか11.2kmだが、標高差は550mもあり、最急勾配は66.7パーミルという、幹線鉄道としては世界一の急勾配だった。そのほぼ中間に位置する熊の平では列車の交換が行われたのだが、1000分の66.7という急勾配に対して、信号場内はレベル(水平)にしなければならない。用地がないことからスイッチバックが採用されて、上り下り方向とも3つトンネルが並ぶ信号場となった。1906年には駅となり、1966年まで「峠の力餅」が立売販売されていた。

駅だった頃の熊ノ平駅舎