本州の低山は春を告げる草花に満ちあふれ、桜前線はあっという間に北上した。空模様も春らしく、短い周期で変化する日々。雨が多くなって少しずつ気温が上がっていくと、山の様相は新緑へと移り変わる。

 まだ春真っ盛りだった4月上旬には、ひと足はやく初夏の雰囲気を楽しもうと、羽田発・那覇行きの機内にたくさんの観光客の姿があった。その中では珍しく、明らかに“山に行きます”という格好をしていたぼくに、隣に座った年配のご夫婦は興味津々の様子。「いい低山があるんですよ」と言うと、沖縄で登山をする発想がなかったと面白がってくれた。

 たしかに沖縄といえば、やはり海なのだろう。それも、目にも鮮やかなブルーの東シナ海は本当に素晴らしく、東北で育ち関東に暮らすぼくにとっては異国そのもの。

 そんな、これぞ沖縄というべき“美ら海”の風景を、ぼくは山の上から眺めるのがお気に入りだ。眼下に広がる緑の色濃い森も素晴らしい。深い樹木とのコントラストが、海の青さを引き立てている。沖縄の山に登らなければ味わうことのできない眺めである。

■スペクタクルな眺めが待つ「デーサンダームイ」

デーサンダームイ山頂からの素晴らしき眺め。海に浮かぶのは瀬底島

 沖縄県の北西部に位置する本部町。そのほぼ中央にある「山里の円錐カルスト」は、まるでピラミッドを思わせる三角形の低山がいくつも立ち並ぶ特異な景観をしている。山歩きをする人なら「登ってみたい!」と思うような尖った山頂を見上げるだけで、冒険心が刺激される。

 円錐カルストとは、風雨による溶食で円錐状の石灰岩が残った丘陵地形のこと。沖縄の高温多湿な気候条件が、日本唯一の円錐カルストの地形を生み出した。その中でも、デーサンダームイとミラムイは、登りやすいうえに絶景中の絶景が待つ低山。この2座を巡ったとしても総距離は2kmに満たず、標準的なコースタイムは2時間ほどである。

駐車場のある「沖縄海岸国定公園・本部ふるさと歩道」から、円錐カルスト遊歩道に入る

 デーサンダームイの標高は230mだ。低くとも展望のよさは折り紙つきで、360度どこを切り取っても絵になる。山頂から見えるのは、本部半島を構成する山々と樹林の中に点在する集落や海辺の街、そしてそれらをとり囲む大海原。とくに南西に浮かぶ瀬底島方面は、シャッターを切るのに夢中になって時を忘れてしまうほど素晴らしい眺めが広がる。

 ところで、森を意味する沖縄の方言を「ムイ」という。周囲よりすこし高くなっている地形が特徴で、たとえば樹林に覆われた丘や山などは、まさしく「ムイ」である。山麓にデーサンダーという屋号の家があったことから、この山は「デーサンダームイ」と名付けられたそうだ。

このジャングルの先に、岩場の急登が待つ

 強い陽射しをほどよく遮ってくれる遊歩道は歩きやすいものの、風がないとかなり蒸す。飲みものを多く持つことだったり、吸水速乾性素材の衣類を着るなど、ぬかりなく暑さ対策をしておこう。曇りの日でも、日焼け止めと偏光のサングラスも欠かせない。

 調子よく遊歩道を歩いていると、山肌に入った途端、ものすごい急登に面を食らう。ところによっては固定ロープもある。この急登は、石灰岩が風雨の溶食によって鋭利になった岩ばかりで、手を掛けるときは丈夫な手袋がないと困ることになる。虫やハブにも気を配りたいし、たとえ暑くても長袖と長ズボンと手袋はマストだ。