「秋の山女(ヤマメ)は美しい」。成熟した個体は、婚姻色で魚体が赤くなることをご存知だろうか? 産卵の時期が近づくためなのだが、夏が終わるとまるで紅葉するかのように魚体が赤く染まる。秋に入るまではその気配すらなかったのに不思議だ。釣り人の身勝手な思いだが、このときばかりは、数でもサイズでもなく美しい魚体を手にしたくなる。

■美しい山女に会いたくて

 この秋も迫る“禁漁”の影に怯えながら各地の川を転々としたのだが、納得のできる美形ヤマメに出会うことができなかった。
※本州の一般的な河川は、9月下旬に禁漁を迎えるところが多い。

 そこで、釣り人もめったにいない普段はめったに足を運ばない自宅のそばの里川へ。あまりに環境が悪い里川(この春も河川改修工事により、川床が掘り返され、セメントが流出していた)なので、誰も釣果を期待していないのだろう。トラウト狙い以外の釣り人にも会うこともない川(なるべくそっとしておきたいので、初夏の夕方、水生昆虫が大量に羽化するタイミングを狙って行くくらいにしている)だ。

 サイズこそ大きくないが、ようやく求めていた美形ヤマメを手にすることができた。傷ひとつない流線形の魚体に精悍な面構え。はかなく美麗なヒレ。肌を染め上げる赤色は、許されるならいつまでも眺めていたい趣きがある。

■山女の魔法

 さらにもう2本釣り上げたが、最初の1本が一番美しかった。まだまだ釣れそうだったのだが、そっと流れを後にした。欲深い釣り人を、数でも大きさでもなく、ただその美しさで満足させる。秋のヤマメには、そんな魔法の力があるような気がする。

 さらに秋が深まれば、無粋な釣り人の邪魔も入らない。いよいよ彼らの恋の季節の始まりだ。また来シーズン、その先も無事に山女が暮らせる川でありますよう、切に願う。

●ヤマメとは

 日本固有種のトラウトで、サクラマスの陸封型。成長してもパーマークが目立つが、湖などでスモルト(銀毛)化変態する場合もある。

 漢字で“山女”と書くが、同じく固有種のイワナ(岩魚)の方が山岳エリアに生息し、ヤマメはその下流、里川に棲むことが多い(逆転している河川もあるし、混生することもある)。人里離れた山奥は人の手が入りにくく、法的にも環境が守られやすいが、人為的な影響を受けやすい里川では自然繁殖しているところが減少している。