紅葉にはまだ早い秋の低山。涼しくなったとはいえ暑さが残り、ハイキングをしながら撮影を楽しむ気分にはなりにくい季節です。また、撮影したいと思える被写体もなかなか思い浮かびません。
しかし、小雨の日なら話は別です。通い慣れた身近な低山でも、霧に包まれていれば、晴れの日とはまったく異なる美しい世界に変貌します。
◼️スギやヒノキの植林の森がとくに幻想的
自分にとって、スギやヒノキの植林の森は、懐かしさや親しみを覚える原風景です。同時に、人が生み出した景観として興味深くも感じます。ただ、それを好ましい風景として眺めることはありません。
そんな歪みを内に秘めた存在が霧に包まれると、瞬く間に幻想的な光景へと様変わりします。
そう感じられるのは、植林の向こう側の景色が霧の膜で覆い隠されるとともに、普段は背景に埋もれている「木立そのものの形」だけが優しく浮かび上がるからです。そして、気づけば植林に対する負のイメージは薄れていき、ついには神秘性さえも帯びてしまうのだと思います。
◼️晴れた日とは異なる表情を見せる被写体
霧が漂う森では、視線が上向きがちになります。しかし、足元に落ちている葉も被写体として魅力的です。
晴れた日の乾いた落ち葉とは異なり、雨の日の柔らかな光に包まれた葉は、色鮮やかでありながら、しっとりとした美しさを纏っています。
また、水たまりの中や、岩に張りついている濡れそぼった落ち葉も見逃せません。それらには、落葉したばかりの新鮮な葉にはない「朽ちていく儚さ」が宿っており、秋の深まりをしみじみと思うことができます。
普段ならあまり被写体として捉えない道標も、霧が漂うことで目に留まる存在になります。スギやヒノキの森と同様に、画面を形作る要素がシンプルになり、道標が浮かび上がるように見えるからです。