6月初旬の中禅寺湖。新緑に包まれた湖畔では、エゾハルゼミの鳴き声が木々の間に響きわたる。羽化したセミの中には、不意に風で水面へと落ちるものもいる。それを見逃さずに捕食するのが、この湖の王者・ブラウントラウト。セミに似せたルアーを水面に浮かべて誘う「春ゼミパターン」は、この時期ならではの釣りの醍醐味であり、繊細な駆け引きが魅力だ。

春ゼミが鳴く頃、中禅寺湖の湖畔は新緑に包まれる

 この記事では、昨年(2024年)の釣行をもとに、実際の一日を振り返る。あるポイントを縄張りとするブラウントラウトに狙いを定め、およそ3時間にわたりその行動を観察。魚の動きを読み、タイミングを見計らって放った渾身の一投。その先に待っていたのは、記憶に残る一尾だった。

■中禅寺湖の春ゼミパターンは初夏の風物詩

春ゼミパターンの釣りで使用したルアーと本物の春ゼミ

 5月末~6月中旬、中禅寺湖周辺では蝦夷春蝉(エゾハルゼミ・高地に生息する小型のセミ)の羽化がピークを迎える。湖周辺の森に響くセミの声は、まさに初夏の風物詩。その一部は羽化直後や飛翔中に風にあおられ、水面に落ちてしまう。そんな「水面の落とし物」をブラウントラウト(以下、ブラウン)たちは見逃さない。水面に浮かぶセミは、彼らにとってまさに最高の御馳走なのである。

 この状況を模倣したのが「春ゼミパターン」だ。使用するルアーはセミの姿形を模したフローティングタイプで、水面に浮かべたまま放置したり、アクションを加えたりして誘う。重要なのは「本物のセミのように見せること」。派手な動きや速いリトリーブはむしろ逆効果となることが多いことを、初心者は覚えておくといいだろう。

 魚がルアーの存在に気づき、これを口にするかどうかを見守る…… この緊張感こそが、春ゼミパターン最大の醍醐味だ。目視しながらの駆け引きも多いため、一投一投が真剣勝負。ルアーを捕食し、水面が割れる瞬間は何度経験しても息を呑むほどである。

■風を待つ3時間。静寂のなか追い続けた一尾

湖面に浮かぶセミを探して泳ぐ中禅寺湖のブラウントラウト

 釣行当日、朝8時に現地へ到着すると、風はなく湖面は鏡のように静まり返っていた。目指すのは、過去に何度も良型ブラウンを手にした実績ポイント。岸から10mほど沖までは水深1mほどの浅瀬が続き、その先で一気に深くなる地形だ。水中には大岩が点在し、ブラウントラウトが好む隠れ家がいくつもある。さらに、岸際の樹木の枝が湖面へと大きく張り出し、セミなどの昆虫が水面に落ちやすい環境が整っている。

5月中旬から6月上旬にかけて、湖畔で見られるトウゴクミツバツツジ

 静かに腰を据えて水面を観察していると、やがて良型ブラウンが姿を現した。水面直下をゆったりと泳ぎながら、テニスコートほどの広さのエリアを巡回している。明らかに水面を意識し、餌となるセミなどの昆虫を探しているようだった。

 「これならセミルアーでイケるかもしれない!」

 そう直感し、魚の進行方向に合わせて5〜6m先にルアーをキャスト。着水音に反応し、魚はスピードを上げて近づいたが、ルアーの直前で減速し、しばらく見定めたのち静かに反転して去っていった。

 若く未熟な魚であれば飛びついていたかもしれない。しかし、経験豊富な大型個体には、静まり返った湖面ではルアーの不自然さが通用しない。こうした状況で無理に勝負を仕掛けても分が悪い。必要なのは、水面がざわつく「変化の瞬間」である。

 それから約3時間、岸際の大岩に腰掛け、ただ魚の動きを追い続けた。次にどこへ現れるか、どのルートを通るか。魚の行動やリズムが見えてきた頃、待望の風が吹き始め、水面に小さな波が立ちはじめた。釣れる条件はすべて整った。