このシリーズは、日本のスキー場をより詳しく、マニアックに知るためのあれこれを、さまざまな観点から解説していくものだ。今回は、スキーヤー、スノーボーダーなら誰もがお世話になっている「索道」。前編から読むとより理解が深まるはず。

文/ミゾロギ・ダイスケ
出典:2018 BRAVOSKI vol.2より再編集

■索道のウンチクを語れてこそ上級スキーヤーである

 さて、前編では索道の専門的な3つの分類の仕方と、それぞれの詳細をまとめたが、後篇では、チェアリフト、ゴンドラ、ロープウェイという一般的な分類により、それぞれの歴史や特徴について整理しよう。上級スキーヤーなら、ここに書いてある索道に関するウンチクをしつこく語って、仲間にウザがられよう。

■【ロープウェイ】瞬発的機動力が圧倒的! 存在そのものが観光資源に

びわ湖バレイの「ロープウェイ」

 前篇でも触れたように、一般的に「ゴンドラ」と呼ばれる循環式の普通索道を「ロープウェイ」と呼ぶ施設もあるが、ここでは交走式で中~大型の箱形搬器を運ぶものを「ロープウェイ」として扱いたい。

 ロープウェイを名乗る施設の歴史は意外に古い。何しろ明治時代には存在したのである。といってもそれは小さな搬器1台が往復するだけのシンプルなものだった。

 日本のスキー場に初登場したのは、本サイトの調べでは’56年にいまの蔵王温泉に架設されたもののようだ。現在、ロープウェイがある主なスキー場は、小樽天狗山富良野八甲田雫石天元台蔵王温泉六日町八海山湯沢高原ガーラ湯沢かぐら谷川岳天神平竜王栂池高原ピラタス蓼科千畳敷びわ湖バレイ石槌……といったところだ。

 このなかで、蔵王温泉には現在、「蔵王ロープウェイ山麓線」、「蔵王中央ロープウェイ」の2つがある(ほかに「蔵王ロープウェイ山頂線」があるが、これは循環式のフニテル)。また、湯沢高原には、世界最大級166人乗りのものがあるほかに、ガーラ湯沢と「ランドー」というロープウェイで結ばれている。さらに、かぐらも2つのロープウェイを有する。 

 ロープウェイはそれ自体が強力な観光資源であり、これらのスキー場の多くは通年型の観光地となっているのだ。

 すべての索道は、搬器そのものに動力装置はない。終点停留場にあるモーターで滑車を回転させ、ロープを牽引することで搬器を動かす。なかでもロープウェイは多くの電力が必要だ。巨大ロープウェイのある湯沢高原では、斜面に埋設してある電線を通じ山頂まで引き上げる電気は6600ボルトだという。

 ロープウェイは強風に弱く、風速により減速、停止などの基準が決まっている。 ただし、風向きによっては影響がない場合もある。そのため、減速の度合いなどはスタッフが経験に基づいて判断することもあるとか。実は強風以上の天敵はカミナリで、ピカッ、ゴロッとなったら一発で運行ストップとなる。

 湯沢高原のロープウェイの搬器の重量は約10トン。さらに板を持った人でいっぱいになると20トン近くなる。それが吊るされるタフなロープこそ、安全性が高いロープウェイシステムの根幹をなすものだ。

■【ゴンドラ】コンスタントな機動力はナンバーワン! 実はスキー場での歴史が最も新しい

 ゴンドラの搬器はチェアリフトに比べ搬器デザインのバリエーションが豊富で、大きさも様々なのが特徴だ。 

 強みは、そのコンスタントな機動力。ロープウェイと比較した場合、 ひとつの搬器で一度に運べる人数では劣るが、たとえば「1時間に何人運べるか」という勝負ならば、搬器が循環するゴンドラに軍配が上がる。

 国内スキー場にはじめて登場したのはロープウェイよりかなり後の’73年。いまの白馬五竜と北海道の横津岳(現在は休業中)に架設された。

 志賀高原の東館山に有名なタマゴ型搬器のゴンドラ(現在は一部架け替え)が架かったのが’76年。白馬八方尾根の「白馬ケーブル」という名のロープウェイ(’58年架設)がゴンドラにリニューアルされたのは’83年。苗場のゴンドラは’85年デビューだ。

 こうした人気ゲレンデのゴンドラに、待ち時間1時間以上の大行列ができたことは80年代後半のスキーブームの象徴的な出来事だった。

 さて、ゴンドラのスピードはどれくらいか?  施設によって差があるが、たとえば舞子リゾートの場合は最大秒速5m。スピードを1m単位で調節できるボタンを押すことで加速・減速させる。

 ゴンドラの弱点は横風だ。この弱点を補完したタイプがフニテルだが、国内ではまだまだ少数派である。舞子では風速10m/sの風が吹けば減速運転、15m/sになったら停止が原則だという。ただし、風向きにより状況は変わる。横風であれば風速5~6m/sでも減速することもある。

 夜の間、ゴンドラはステーションに格納される。日によって稼働する搬器の数は違い、前述した舞子では最大100台、最小で80台程度。つまり、混雑予想により数を増減する。 ゴンドラの場合、搬器内に義務付けられている装備は、「停留場と搬器間及び各停留場間で相互に連絡が取れる装置」。 とくに限定はされていないが、無線機であることが多い。

 現在、ゴンドラに関して多くのスキー場が抱える課題がある。それは、ファットスキーやツインチップスキーに向けた対応である。スキーラックを一新するスキー場も増えてはいるが、まだ対応しきれていないところもあるのが現状だ。

■【チェアリフト】最も台数が多い索道のカテゴリー。80年代に大きく進化を遂げた

いまではすっかり珍しくなったシングルチェアリフト、丸沼高原「第7シングルリフト」

 チェアリフトは文字通り、椅子のリフト。一般的に「リフト」といえばこのタイプを指す。固定循環式と自動循環式とがあるのは前編で記した通りだ。 普段、スキー場で「このリフト、遅いなぁ」と感じることはないだろうか。

 それはまず前者である。

 固定循環式は搬器がロープに固定されているので、基本的には乗降の搬器と走行時の搬器とで、スピードを変化させることができない。ただし、停留場で子供が乗る際などに係員が減速させることはある。

 また、ベルトコンベアのような補助装置を停留場に設置することで、速いリフトに安全に乗れるようにする手段はあるが、国内ではその装置自体が少ない。そのため、今日はスキー場のメインリフトにはなりにくく、長距離ルートにも適さない。

 一方、自動循環式は、高速で走行できる反面、乗降時は減速するので初級者や子供でも乗り降りしやすい。乗客ファーストで考えるとメリットしかない。ただし、スキー場側にとっては、固定循環式よりもコストがかかる点がネガティブ要素ではある。

 チェアリフトには搬器のキャパの違いもある。意外にも、進駐軍のために造られた日本初のリフトは背中合わせに2人が乗る形だった。しかし、これは極めて特殊な例。’48年以降、国内で普及した過程では、チェアリフトといえばシングルリフトだった。

昭和22年1月、進駐軍により日本で最初にスキーリフトが架けられたといわれる。 志賀高原丸池スキーリフト 出典:鹿島建設株式会社

 民間用ペアリフト第一号に関しては諸説あるが、いずれにしても普及し始めたのは70年代。そして、空前のスキーブーム前夜ともいえる80年代前半に自動循環式のトリプルリフト(3人乗り)が、そこからすぐにクワッドリフト(4人乗り)が相次いで登場。 チェアリフトは高速化時代に突入した。なお、現在の規定では自動循環式の最高速度は秒速5mである。

 さらには、バブル経済華やかな88年ごろに、フード付きリフトがお目見えしている。また、この時代からリフトに安全バーが付いたことも特筆したい。 以来、乗客の足を安定させるフットレストや、乗り心地を向上させるクッションタイプのシートの導入など、チェアリフトはいまも進化を続けている。

 さて、最後にスキーヤーなら誰でもリフト上で頭に浮かべたことがある疑問に言及したい。 

──リフトから落ちる人はいるのだろうか? 

 答えは「イエス」。稀にいるそうだ。ただし、日本では法令でチェアリフトの搬器の高さが決められているので、落下しても大事故には至りづらい。

■【おまけ】索道に関する小ネタ

 最後にQ&A形式で、索道に関する小ネタを列記したい。

苗場から田代を繋ぐ「ドラゴンドラ」

Q1 日本最長、日本最短の索道は?

 最長は苗場とかぐらの間に架かる「ドラゴンドラ」。距離5481m。これは世界でもトップクラス。稼働中のチェアリフト最長は、安比高原の「ザイラークワッド(2143
m)」
だ。 逆に日本最短のチェアリフトは、ヘブンスそのはらにある「第6リフト」で、なんと85mの短さである。

 なお、標高差がもっともあるゴンドラは雫石の「雫石第1ゴンドラ(849m)」。ただし、2008年に運行を停止している。リフトは安比高原の「ザイラークワッド(612m)」だ。

Q2 ひとつの索道に要する人員の数は?

 リフトの場合は1台につき最低4人、ゴンドラなら7人程度が、乗り場と下り場に別れて仕事に従事する。そのなかで、責任者となり、随時現場を見回り、チェックするのが国土交通省が管轄する「索道技術管理者」の資格を有したスタッフだ。 この資格は、一度取ったらそれでOKではなく、定期的に研修会に参加するなど、常に知識とスキルの更新が求められる。

Q3 索道スタッフは朝イチどうやって上がるの?

 ゴンドラやロープウェイは、ロープを牽引する装置が山の上にあり、朝イチで誰かがそれを起動させなければならない。この業務担当のスタッフは、スノーモビルで山を上る……のではなく、山の上にある宿直室に泊まり、早起きして機械を動かすと取材を行った湯沢高原や舞子スノーリゾートでは話していた。

Q4 「ロマンスリフト」って どんな意味?

 シングルリフトがメインだった時代、カップルで滑りに行っても、リフト上ではどちらも孤独だった。この名称は、そんな背景から新登場の2人乗りリフトに付加価値を加える意味で命名されたものだと考えられる。