■まさかこんな場所で? 吊り下げられた「じょうろ」の中でヤマガラが営巣していた!

そのレストハウスの裏で、実はとても興味深いことが起きていました。
運営者の平野さんご夫妻によると、レストハウスの壁にぶら下げておいたじょうろに、2021年以降、ヤマガラが毎年営巣しているとのことでした。最初の年は営巣に気づかず、じょうろの中にゴミがたまっていると思ってかき出したところ、そこに巣材が入っていたそうです。しかし、その後も、置いてあるじょうろに毎年営巣するようになり、そっと見守り続けてきたとのことでした。
すっかり「巣箱化」しているじょうろですが、平野さんご夫妻は、ヤマガラの子育てが終わった時点で中の巣材を取り除き、次の年の営巣のために同じ場所に設置し続けてきたそうです。実用のためのじょうろもちゃんと横に置いてありましたが、ヤマガラも状況を理解しているのか、そちらには巣を作りません。
今年は、じょうろの中に小型カメラを設置し、ヤマガラにストレスを与えることなく子育ての様子を観察しているとのことでした。


私も、ヤマガラの子育ての様子を観察しようと、平野さんの許可を得たうえで少し離れた場所で静かに待機してみました。
すると、やはり餌をくわえたヤマガラがやって来ました。平野さんが設置しておいた小型カメラのアームにちゃっかり止まっています。周囲を慎重に見まわし安全確認をした後、じょうろの口から中に入っていきました。しばらくすると、親鳥が再び顔を出しました。雛に餌を与えたのでしょう。すぐに新たな餌を探しに飛び立っていきました。
通常、ヤマガラ用の巣箱の穴の直径は体の大きさに合わせ、28ミリが適切であると言われています。なぜミリ単位で決められているかというと、穴が大きくなると、他の野鳥が侵入してきてしまう可能性があるからです。例えば、穴の直径が30ミリになると、スズメが入れるようになります。都会では、穴の大きな巣箱に巣を作っていたシジュウカラを、後からやって来た体の大きなスズメが追い出してしまうという事例も報告されています。
しかし、ヤビツ峠のヤマガラは、そんなリスクも承知のうえで毎年、大きな口の空いているじょうろで営巣しているのです。じょうろが置いてある場所は登山客が座るテラスからわずか1メートルほどしか離れていません。他の野鳥は、人間を警戒してそこまでは近づかないということをヤマガラは知っているのかもしれません。
丹沢という自然豊かな場所でありながら、人間の存在を“利用”し、じょうろという人工物で営巣するヤマガラは、とても柔軟な発想の持ち主なのではないかと思いました。
さらに、このヤマガラは子育て上手で、ヒナの成長に合わせて、適した大きさの餌を与えるのだそうです。レストハウスには別の巣箱も設置されており、そちらにもヤマガラが営巣していたのですが、そのヤマガラは、ヒナの大きさに関係なく大きな餌を与えるので、ヒナが苦労していたとか。やはり、じょうろのヤマガラは只者ではなさそうです。
■小型カメラの動画でわかった子育ての知恵


ヤマガラへの影響を考え、短時間での観察を終えると、平野さんが、じょうろの中に設置した小型カメラの画像や動画を見せてくださいました。動きと音に反応するセンサーカメラの画像です。かわいらしいヒナの姿が生き生きと記録されていました。親鳥が餌を与えると、ヒナはクルリと反転してお尻から袋に包まれた白い糞を出します。すかさず親鳥はそれを咥えて外に飛び出します。巣の中を清潔に保つための工夫です。ヤマガラの知恵には驚かされるばかりです。
じょうろの中で大きく育っていくヒナの成長記録は大変貴重なものでしょう。

動画を見せていただいていると、ちょうどランチタイムに。人気メニューの「丹沢ロイヤルカレー」をいただきながら、平野さんご夫妻とさらにヤマガラ談議で盛り上がりました。
皆さんも、丹沢登山の帰りにレストハウスに立ち寄って、ヤマガラの子育て動画を見せていただいてはいかがでしょうか。少し空いている時間帯であれば、平野さんご夫妻に、じっくりお話を伺うこともできることと思います。レストハウス横のクワの実を食べに来るカケスや、窓ガラスにぶつかって一時的に気を失いかけたオオルリなどのヤビツ峠ならではの話も聞けるはずです。