■火山国の日本には「地獄」が全国各地にある

 キリスト教、仏教、イスラム教、ヒンドゥー教などの世界の様々な宗教において、「地獄」ないしはそれに相当する概念が存在する。

 一般的に日本の仏教では、死んだ人間はすべて三途の川を渡り、閻魔大王などから審判を受け、最も罪の重い者は地獄に落ちるとされる。また、その人間の罪の種類、重さにより落ちる地獄は異なり、最下層の「阿鼻地獄(無間地獄)」では、他の地獄が幸福に感じられるほどに想像を絶する苦しみを味わい、しかも、それがこの世の時間で682京2413兆年以上も続くとか。恐ろしすぎる。

 また、「地獄の責め苦」「生き地獄」「灼熱地獄」「借金地獄」など、耐えがたい状態を指す比喩として「地獄」というワードが用いられる。

 「仮面ライダー」には、悪の組織・ショッカーの幹部のひとりとして、「地獄大使」というキャラクターが登場した。

 通常の感覚なら、地獄には近づきたくないし、少しでも経験したくない。しかし、不思議なことに日本には無数の地獄があり、そこに人々が集まる。

 世界有数の火山国である日本には、全国各地にモクモクと水蒸気やガス状の煙が立ち込める爆裂火口跡、地熱地帯、火山地形帯、温泉、谷などがある。それらが、ビジュアル的に地獄に例えられ、しかもそれが観光コンテンツになっているのである。地獄を冠した地名やスポット名は北海道から九州まで全国各地にある。以下、その一例である。みんなそんなに地獄が好きなのか?

 ちなみに、「死後の世界」関連でいえば、他にも青森、宮城、群馬、千葉、高知に「三途川」が流れ、浅間山(標高2,568m)には、「賽の河原」というスポットがある。

■日本にある主な地獄

●登別地獄谷【北海道登別市】

見た目は地獄ムードに満ち溢れる観光名所

登別地獄谷

 直径は約450m、面積は約11ha。北海道屈指の人気温泉地の主要観光スポットであり、登別温泉の源泉になっている。また、支笏洞爺国立公園の「特別保護地区」に指定される。

 噴煙を上げる活火山・日和山(377m)の噴火によって生じた爆裂火口跡(火砕丘を持たない火口地形)で、一帯にはほとんど植物が生えておらず、地表の小さな火口や噴気孔や湧出孔から、ガスと高温の温泉が湧き出している。そのビジュアルは“地獄感”に満ちており、曇天の日などは不気味さアップ!  鬼が出ても違和感がない。

 といっても、遊歩道が設けられており、10〜15分程で周遊することができるので、普段は観光客が呑気に歩いている。

 

●紫地獄【宮城県大崎市】

鬼首温泉にある「地獄の散歩道」内屈指の名所

紫地獄

 禿岳(標高1,261m)、荒雄岳(標高984m)などの登山が楽しめる鬼首温泉にある。

 「紫地獄」というのは「地獄谷遊歩道」の一部を指す。「鬼首」と「地獄」の組み合わせは相性バッチリ。「鬼首」の由来は、昔、坂上田村麻呂がある人物を打首にし、その首が落ちた地点を「鬼切辺(オニキリべ)」と呼び、それが「鬼首」となったという説がある。

 遊歩道周辺の岩肌から湯気が上がり、熱湯が噴出する。なかには3~4mの高さに噴き上がる場所も。そして、「紫地獄」と名付けられたところでは、紫雲が立ち込めるように温泉が吹き出している。

 

●旧大地獄【神奈川県足柄下郡】

ある事情で明治時代に「大涌谷」に改称

旧大地獄(大涌谷)

 約3000年前の箱根火山最後の爆発によってできた神山火口の爆裂跡で、現在は「大涌谷」として広く知られている。

 ここはかつて「大地獄」と呼ばれていた。ところが、訳あって改称した経緯がある。というのも、明治の初め頃に、明治天皇・皇后がそこを訪問することになったのである……。なお、それと同時期に、「小地獄」と称していた噴気地帯も「小涌谷」となった。

 あちこちから硫化水素を含む噴煙が上がり、岩石は粘土化して赤茶けた山肌が見え、樹木が育つ環境ではない。そこは現在も火山活動がリアルに感じられるのだ。

 また、ロープウェイからの風景も独特の迫力があり、富士山の眺望と「黒たまご」も名物となっている。

 

●地獄谷野猿公苑【長野県下高井郡】

スノーモンキーは世界に知られるキラーコンテンツ

地獄谷野猿公苑

 「地獄谷野猿公苑」は、長野県北部、志賀高原を源とする横湯川の渓谷にある。険しい崖に囲まれ、噴泉が途切れることなく噴煙を上げているその光景は「地獄谷」と呼ばれるようになった。

 冬季は1mもの積雪量があり、最低気温がマイナス10℃以下に。しかし、そこには興味深い動物の生態が見られる。天然の温泉にニホンザルたちが気持ちよさそうに浸かっているのである。地獄というよりむしろ極楽の趣だ。

 サルたちは「スノーモンキー」と呼ばれ、国際的にも知られる存在であり、コロナ禍前には世界中から観光客が集まっていた。なお、サルが温泉に入るのは寒さを凌ぐためで、人間と違って夏にはあまり入らない。

 

●猫地獄【石川県輪島市】

日本海に面した恐ろしい、おぞましい名前の岩

猫地獄

 こちらの地獄は火山や温泉、谷ではない。日本海に面した石川県輪島市、そこにある袖ヶ浜海水浴場の近くにある岩が「猫地獄」と呼ばれる。

 それにしても「猫地獄」というネーミングはひたすら不気味である。少し古いが、東京オリンピック開催地決定の際の「お・も・て・な・し」と同じようなスピード感で口に出していただきたい。「ね・こ・ぢ・ご・く」…… 怖い。

 そのおぞましいネーミングの由来には、2つの説があるとか。1つは、岩場に猫が爪をたてたような傷跡がたくさんあるからという説だ。そして、もう1つは俊敏な猫でさえ降りることを躊躇するようなこの絶壁であるから…… という説である。

 どちらにしても、別に地獄でなくてよかったのではないだろうか?  どうか?